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みちのくさを食う

紀伊半島の下らへんから、ぼそぼそと。

地方における「本」サービスについての一考とインターン

 

今月より、インターンというものをすることになった。

初っ端から自分の心の弱さを露呈して非常に恥ずかしいのだけれど、それでもなにができるのか結構わくわくしている。

 

さて話は変わるが、現在住んでいる「南紀」(和歌山県南部)という地域は日本全国的に見てもかなり地方消滅に関する実感の強い地域に入ると思う。
過疎、や地域間格差で言えば中国地方や四国などが注目されがちだけれど、和歌山もなかなかのもんである。県内でみても、人口の殆どが北部の和歌山市あたりに集中しているし、南部に関して言えば主な産業であった林業も衰退の一途と、並べれば並べるほどになかなか大変である。

 

まさかそんな地域に住むことになるとは思わなかったのだけれど、どうにも性分にあっていたのか結構快適に暮らしている。
人との距離感は苦手な人もいるかもしれないが僕個人としてはやりやすいし、都会でフリーターをやるよりは支出が少ない分生きやすい。なによりも地域文化が面白く、それらを調べていくだけで楽しく過ごすことができる。
まだ一年も経っていないからこれから起きる大変なことを知らないだけかもしれない。それでも、あらゆることが身近な事象と密接につながっている環境は、その土地に「住む」という行為そのものを見つめ直させてくれる、とてもおもしろい体験だと思っている。

しかし、しばらく暮らすうちに一つ重大な事に気づいた。
妙に書籍関連の出費がでかいのである。一ヶ月に平均でかなり使っている。

この地域には図書館がないのだ。小さな図書室はあっても、小さな公民館の一室くらいのもので、しかも、空いている時間はかなり短いのだ。近隣のもう少し大きめの町に行ってみても、やはり図書館はかなり小さいと言わざるを得ない(もちろん、主観的な比較である)。
さらに言えば、本屋も遠く、ネカフェもない。ネカフェが遠いのはある程度仕方がないとしても、図書館や本屋に関しては結構参ってしまう。

こんなふうに書いているとまるで僕が本の虫のように見えてしまうが、決してそんなことはない。本を読む量が特別多いわけではないし、一人の作家についてひたすら語るようなこともない。
それでも、「本」のある居心地の良い空間というのは常に生活の中にあって、立ち読みをしたりぼーっとしたりすることが日々の中で実は大切なことだったのだと失ってから気づいたのである。

そんなこんなから、私設図書館や小規模な本屋に興味が湧き、インターンをはじめることになった。

 

せっかくなので、インターンに応募したときの文章を以下に載せておくことにする。
内容は少し被ってしまうが、この地域に住むにあたって「本」サービスについて考えたことがある程度まとまっていると思っている。

 

 
 
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 僕は昔から図書館が好きでした。
 夏休みはほとんど毎日図書館に行って、片っ端から本を読みあさっていたことを思い出します。いまではなぜあれほどに集中できたのかわかりませんが、あの頃の僕にとって、図書館で一日を過ごすことは日常のありふれた一コマでした。物語を通して体験した世界は、今でも思い出して語れるくらいに自分の中で息づいているように感じます。
 それから歳を重ね、小さい頃にはあれほど夢中だった「物語」に手を伸ばすことも少なくなりましたが、それでも図書館は身近な場所としてあり続けました。大学に入ってから はより顕著で、図書館は僕を世界の歴史や空間、そしていろんな人の人生やものの見方と つなげてくれる場所になっていきました。
 思えば大学での学びの原動力となる好奇心は、小さい頃に読んだ物語から出発しているのかもしれません。もっと世界のことを知りたい、そう僕が思うようになったのは、たしかに小さい頃に触れた壮大なファンタジーの世界に魅せられたことが始まりでした。
 これは僕個人の経験で決して一般化できるものではありませんが、それでも将来「本」 に関係する空間を作りたいと思うには十分なものでした。より正確に言うのであれば 「本」というものを目的とするというよりは、それらを媒介として様々な世界と繋がったり、ちょっと元気になったり、少し達観してみたり、他人が少し理解できたり、知りもしなかった世界に夢中になったり、ただ眺めているだけで心が落ち着いたりするようなそんな空間をつくりたいと思ったのです。
 とはいえ、古座川町に移住するまでそうした思いが具体化することはあまりありませんでした。というのも自分がつくるまでもなく、幸いにもそうした空間が身近な環境にあったからです。京都では古本屋が、図書館が、そして少し足を伸ばせばブックカフェや恵文社のようなおしゃれなセレクトショップまでなんでもありました。福岡でも天狼院や大学の図書館 BOOKS CUBRIC、大学生協の本屋など数日おきに回るだけで毎回新しく読みたい本が見つかるような素敵な空間と出会うことができました。しかし、古座川 町に移住してからそうした空間にあまり触れられないことが、僕にとって大きな問題意識 となりました。そこから、ないのであれば自分で本と出会いのある居心地のよい空間をつくりたい、と思うようになったのです。
 以上は僕個人の動機ですが、一方で違う視点から考えてみます。それは、地方における「本屋」「図書館」の今後の展望についてです。いささか大雑把過ぎるかもしれませんが、現在の状況としてリアル「本屋」の衰退及び「図書館の経営危機」というものがあげられると思います。前者は活字離れや amazon ネット本屋の台頭によるもので、後者は地方行政の財政状況がますます厳しくなってきていることによると指摘できるかもしれません。
 そうした中で地方における現実の「本」に触れる空間が減ってしまうことは、文化資本格差の視点からも非常に重要な問題であると指摘できます。そこにはネットの本屋には存在しない現実としての「空間」があり、ただ本を検索して出てくるようなものではない多様な出会いにこそ、意味があると考えられるからです。
 また、今後の面接などを中心とする大学入試改革などを鑑みると「豊かな精神体験」を提供する図書館的サービスの衰退は、今後地方教育格差問題の中でも重要な位置を占めていくと考えられます。少々理屈っぽくなりましたが、以上のような理由から僕は地方に現実の本と触れられる空間が生き残る場が必要であると考えており、今後厳しくなっていく財政状況を考えると 「私設図書館」や、共同で管理されるような形の本屋、など小規模ながら心地よい空間を活用した財政的に独立できる形態が必要だと考えています。
 以上 2 つの視点から「本のある空間」について述べてきましたが、いろいろと考えたところでまだ机上の空論に過ぎませんでした。実際のところどのようなシステムで管理できるのか、どこまで需要があるのか、「本がある」というだけでは成り立たないと考えられ る現実において、行政に頼らずにどのような方法が可能なのか。都会とは違う形での複合化が必要なのか。
 そんなことをもやもやと考えていた際に偶然代表の方とお会いする機会があり、その実践についてお聞きすることができました。そして、実際の運営やどのような空間が可能かなど、様々な可能性や具体的なノウハウなども含めいろいろと勉強させていただきたくインターンに応募させていただきました。また、図書館や本という視点にとどまらず、地域におけるサードプレイス的「空間」づくりにも非常に興味があり、カフェ、ゲストハウス、その他企画などもぜひさせていただければと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。